2015年8月20日木曜日

言い方


忘却の彼方に……忘却じゃないものがあるのかな。
忘却が積み重なって、いつか忘れきって、去っていく……。
マリワナで飛ぶ記憶というのがある。こう、時間の流れ方が曖昧になって、曖昧になって、曖昧になって……何かコマ切れになったり、巻き戻されたり、モノクロームになったり、他人事のように、映像が進む。

歩く、何も考えずただ歩いている。ここ最近、ひまだからただ歩くばかり。けれど振り返ると、いつもそうやってただありがちなところを歩き回っているだけかもしれない。そう進歩はない。
いまは世間はもう朝、風が吹いている、きれいな朝。隣にはデカい女の子が歩いている。もうそろそろ疲れて来ている、なにかを歌っている、なにか明るい、古いうた。

もう、つかれた……、つかれちゃった。
ねえどこへ行っていたの、
ん、おしゅし、いやすこし、銀座に……いや僻地に……
僻地にってどこ?
いまはなき中国マッサージだよ
エッチなことするところ?
想像にまかせるよ。でも見てごらん、何か微妙な感じだろうおれは
そうね、中途半端なふんいきがしている。ぬいてくれると思っていたらダメだったんでしょう。摘発されて。
そう、よくわかったね。以心伝心だ。

(YMOの以心伝心が流れる。フェードアウトしていく。最後のところ一瞬、パフィーのアジアの純真に転調する)

いま 、何時でしたか、10時くらい?
10時半ですね
そうですか。

そう言ったあたまの中は混沌としていて、ものぐさそうにしている。

いや……おれの時計はまだ止まっています。
何時何分で。
12時5分。

それで、旅にひかれた。旅をしたいと思ったわけではないが、旅が私を何となく誘った。
久しぶりに、してもいいかな。旅先でもどうせただ歩くのだろう。

それで、旅に出てきた。ここは中東。歩くのも飽きたから車に乗った。西日がさしている。子どもたちが走っている。
気がつくと、そらはグレーに染まっていた。ただのグレーじゃない。黄みや青みを交えた、豊かなグレー。ぽっかりと、空いているそら。
車を降りて、2人で見上げた。2人というのは、私とオロちゃん。私はその頃すでに酒から手を離せなかったし免許も失効していたので、オロちゃんが運転してくれた。酒から手を離さなかったけど、ただ瓶をなでているだけで、飲むことはまだなかった。それにボトルには養命酒と書いてある。オロちゃんは漢字を読めないから、それでいい。

なあ、どこまで行くねん
オロちゃんは相変わらず根拠のない関西弁だった。
せやね……日本語が通じないとこまで行こか。パスポートはあるさかい。ほら、こんなに赤い……

モノクロームの中で、そこだけ夕焼けに染まったように、真っ赤だった。少し、赤過ぎるようにも見えた。カーラジオからは、ジム・ホールのギターがしんしんと流れている。艶のあるストリングスが入る。

その夜、夢を見た。
月を見ようと思って公園にいった。公園というのは薄暗さがちょうどよくて好きだけれど、ビルに囲まれたそこは月が見えなかった。代わりに、街灯に照らされる植物を見ていた。緑がらんらんと輝いていた。桜は散ったけど、こちらの方が生きている感じがする。桜のいろは少しこわい。

少し間。

つづけて、こんな夢。
わたしは、NYにいた。そこで、小さな、日本人が中心の、劇団をしている。わたしは、看板役者。
仕切っているのは、アングラ出身の白塗りのおじさん。
中国人が舞台裏に多くて、大きな声で中国語が行き交う。そのなかで私らはほそぼそと演技をしている。
NYなんて、さぞかし開放的やろ……そう思いきや、さもあらん。なんとまあ、閉じたサークルであることか。
学生演劇とさして変わらぬ……、生計もかかわってくるから、それもまた一層シビアで。
一度演出をして、何やら新しい予感をさせた若いやつが、突然やめると言ってきた。曰く、わたしは結局暗いし、ひとりで学問でもしたい……、お金も、まあ何とかなる……。遅刻して輪の集会にやってきた彼女は、そう、たど、たど、しく、息巻いた、半ば、泣きそうな風情で。
人らは、何も反論しなかった。ただただ、こうべを垂れて、しゃあない、な……といった風情で。
わたしはただひとり、待たせたことを謝らないなんて! と憤っていた。けれど、そこまでえらくもないから空気になっていた。それを、まだ少し、思い出すと憤る……7年経ってもまだ。これはこれで、しつこいと思う。

……私小説というか、何でこう微妙な現実味ある夢を見るのだろうか。抑圧された思いがそこに出てきているのだろうか。わたしは夢のさいのうすらないんやろか。

このひとは、4コマ。このひとは、16コマ。このひとは、1024コマ……。
めの前にいるひとは、96コマだった。話している彼女とひまではじめた遊びで、人の神経の複雑さ、手足の長さや体型などから、勝手にコマ数を決める。マンガのコマのつもりだった。
彼女は白塗りだった。関節は多めで、道化のようにオーバー気味な身振り手振りをまじえて話す。96の関節を互い違いに振り回して語る。

ねえ、振り返ってみて、あなたのここ一年を。
その前に、あなたの一年を、教えてほしい。

この一年は、仕事しかしていませんでした。明けても暮れても仕事。朝は仕事の夢で起きる。夜は仕事のこと考えながら寝る。というか寝るのが朝のこともあったし、寝ない日もあった。
それで精神を病みました。病んだ私は心療内科に行って病んだと証明されたのですが、それで診断書を持ってボスをたずねると、またか、コイツ……、という顔をされた。「それを持ってこられたら、お手上げなんだよ」どうして、もっと早く相談してくれなかったの、でもそうさせなかった私らも悪い。だから好きなだけ休んでいい。けれど必ず、戻ってきて欲しいのだけど、いかがかな。
いかがも何も、休んでみないとわからないのですが、それでもいいでしょうか。そう言って、休みをもらって、いま休んでいます。けれど、不思議ですね、こうなってみると意外とひまで、こんな長い休みをもらったら長旅に出よう! とか引越をしよう、とか、書きためていたあれをかたちにしよう、とか考えていたのに何も始めようとせず、ただ漫然とテレビを見て日を過ごしています。
まあ、ひとつ、しようとしていたことがあって。それを今しているのですが。
見れば分ります。
どうでしょう。
おきれいです。
でもデカいしケバいでしょう。もっとナチュラルに、しぜんに、女性であれたらいいのにと思う。
期待しています。継続は力ですから。





とまあ、こんなことがあったのだけど、まあ、普段どおりというか、変わらないよね。
そうね、あなたはだいたいヒマしている。
とオロちゃんは、もうだいたい大人みたいになっている、背も150センチくらい。
見える道に何か違いはあるのかと考えると、さして違いはない。焼き直しの似たような道ばかりでさして面白みもない。ついては本の中に隠れ入るのか、それもいいが、何かときめくような現物が欲しい気もする。
あの話題の映画を見ないとそろそろ死ぬんじゃないかと思ったけれど、
あの人はむしろ「じゃあ見ないで死ぬわ」と。

ソイレントを喰いはじめた若者が三人、たむろしている。
辛いのは、さいしょの三日間っすよ。
辛いのか、どうなのだろうか。憧れないことも無い、世の中には不食という謎の秘技もあるようだから。
何せ、完全食と言われている。私もひとりだと食に情熱がなくて久しい。

そういった、ときめきは、いつもバッタリ会う。というかバッタリ会うからときめくのであって、念入りに出会おうとしていたものには、実はそうときめかない。もっと前にときめいている。
街角で、時には本屋さんなどで、バッタリとときめきが歩いてきて、ふと声をかける、あるいはかけない。
何かたしか意志を持って用事があって本屋にいたはずだったのだけど、彼女を見つけた途端、もう何だかすべて忘れている。それですぐヒョイと声をかけるような間柄じゃないから、そうしないでちらりちらり眺める。
彼女は雑誌をしげしげと読んでいる。きれいな目鼻立ちをしている。リュックをしょって、紺色のワンピース、ギターの代わりにリュックサック、長い手足に、まるメガネ。

今朝起きたとき、本性などと言うけれど、ひとに本性など無いんじゃないかって思った。いつもこう、場に合わせて変わるばかりで。
いったいどんな夢を見たの
天才……平成の天才は気がフれている、心療内科にかよう必要がある、記憶がトんでいる。それでも明るく過ごしている。忘れているから。あたまの中を蝿が飛んでいるから。
そう……カジュアルに絶望している。辛いわけじゃない。
わかっているの、支離滅裂よ。
四字熟語だね。
そうやって2人は街に出た。午前中までやりあっていたから、モウロウとした頭で、どんよりとした眼付きをしていて。かの女の方は関節が48個まで減っていた。俺はというと関節は当たり前のように1,000以上はあった。どうりで歩きづらいし腹が減る。隣を早足に円めがねの男が行き過ぎる。よく見るとそこは動く歩道になっていた。かの女の大好物だ、けれど気づいていない。気づかれるのもしゃくなので、さり気なくかの女の右側の視界を隠すようにして歩く、こういうときにこの関節の数は助かる、視界にあわせて自在に動く。
ねえ何か動きが不自然よなどとかの女は言わない、いつだって私は不自然だからだ。
そうしてオロちゃんにいつも独り語りしている。もの言わぬオロちゃん、本当はいないオロちゃん。でもじつはいるオロちゃん。おしゅし。

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